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被災地お届け公演第1弾同行記

児演協・青音協・全人協・全児演の子どもの舞台4団体の被災地支援プロジェクトhttp://www.jienkyo.or.jp/pfc2011/の制作メンバーなので、被災地ボランティア公演第1回目の制作として、オペレッタ劇団ともしびのメンバーと現地で合流し、宮城県亘理町の児童館に同行しました。以下、同行のレポートです。

いつもは一人で動いているので久しぶりに劇団同行し、オモシロカッタです。

また、被災地での子どもの舞台を届ける活動の大切さを確信しました。

 

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2011年6月13日(月)に被災地派遣ボランティア公演第1弾として、オペレッタ劇団ともしび「おもしろどんどん」の上演を宮城県亘理町で行いました。

津波被災した保育園が疎開している児童館2館での公演はこどもたちの笑顔があふれる、熱度の高い公演となりました。

12日(日)東京からの移動の際、初めて使用する「災害派遣等従事車両証明書」を使い東北自動車道を北上しました。福島県内の道路はまだでこぼこです。屋根にブルーシートをかけた家も目立ちます。

亘理町に到着すると、今回公演の仲立ちをしてくださった「災害ラジオFMあおぞら」の市民ボランティアチーフのYさんが迎えてくださいました。

建物が震災で使えなくなったため、プレハブの町役場のなかにある、震災情報を発信する臨時地域FMです。亘理町は津波被害を受け、死者250名以上を出しています。

早速、お知らせを放送してくれることになり、到着したオペレッタ劇団ともしびメンバー3人のラジオ出演で翌日の公演の案内生放送しました。

晩ご飯には被災者やボランティアに栄養をつけてもらおうという主旨で有志により設置された「コミュニティーカフェ亘理いちごっこ」を案内されました。

全国からきた日に焼けた若者達が仕事を終えて集まっていました。被災者は無料。ボランティアも500円でおなかイッパイです。宿泊は岩沼の子ども劇場にも関わり、子育て支援活動をするKさん(娘さんが人形劇団どむならん団員)の紹介でアパートのお部屋を貸していただきました。寝袋持参で、覚悟をしてきたのですが布団も用意していただき、とても快適でした。

翌13日、吉田西児童館へ。ここは吉田保育園のこどもたち約70人が間借りしています。吉田保育園はイチゴ畑の中にあった保育園で、園舎に津波が来ました。

当日熱でお休みしていたひとりが自宅で流された他は避難して無事だったそうですが、自宅を流されてしまった子どもも多く、児童館隣の野球場に建った仮設住宅から登園しているそうです。

搬入し、バックの大きくてきれいな幕が立ち上がる頃には、次々と登園してくる子どもたちがのぞき込み、仕込みに興味しんしんです。

開演は10時。園長先生のあいさつで始まりです。

「おもしろどんどん」は、歌の行貝さん、間下さん、アコーディオン伴奏の田口さんのベテラン3人組による歌と生演奏オペレッタの60分ステージ。

前半「みんなでうたおう」はうたごえ喫茶の子どもバージョンというだけあり、子どもたちの知っている歌や手遊び歌にどんどん声や手拍子がでます。

後半のオペレッタ「こんべいかかし」は狂言をもとにしたむかしばなし風のわかりやすいおはなしでどろぼうとおばあさんの登場人物にこどもたちはどんどん夢中になって行きます。終演後の送り出しでは、子どもたちは握手をして満足そうに退場してゆきました。

片づけあとには職員室で震災当日の話しなどを園長先生から伺うことができました。

職員の中にも被災した方が多いようです。

午後の公演は4時から亘理中央児童センターでの公演でした。ここにも荒浜保育園が園舎被災のため移転して保育を行っています。隣には自衛隊がテントと給水車でお風呂を設置しています。夕方からの公演なので、一般にも呼びかけ、児童館の小学生や親子連れも参加しての公演です。こども120人おとな40人の参加でお父さんも楽しみました。

Img_0625みんなで歌おうのプログラムも参加者に対応し大きなうたごえが小体育館のような会場に響きました。最初は様子を見ていたようなこどもたちもオペレッタの物語が進むうちにどんどんと舞台に向かって声をかけてゆく様子が印象的でした。

保育士さんが「津波で自分は助かっても、目の前を友達が流れてゆくのを目撃してしまった子どももいる。子どもたちにいま、こういう楽しい体験をさせたい」と話していました。

私たちの支援プロジェクトは始まったばかりですが、「舞台の力」を確信する第1回でした。

公演の合間に訪ねた津波被害を受けた海岸沿いへいってみましたが、平地のため遠くまで見渡せる土地の家々は破壊し尽くされ、特産のイチゴのビニルハウスもめちゃめちゃになっています。フクシマへと続く常磐線の線路は流されていました。知人の命も家も失い、この景色が原体験になる子どもたちも心を思うと涙が出ます。

今回の亘理町公演は沢山の子どもに関わるおとなの「思い」によって実現しました。

今後とも沢山の方達と創造団体の仲間の力で、東日本の沢山の被災した子どもたちに届け続けたいとおもいました。

最後にともしび、おもしろどんどんチームからの声です。

「出会った子どもたちと汗をいっぱいかいて思いっきり公演しました。公演後、先生方が当時の状況をたくさん話して下さいました。皆さんの生きるパワーに感動の連続でした。「人と人がつながっていく」ことの素晴らしさに、今後も継続して取り組んでいきたいと思います。行かせていただいて、ありがとうございました。」なめ。

>>>>>この、被災地の子どもたちに舞台を届ける活動は今後も続きます。公演はボランティアですが、経費は保障したいと募金やチャリティー公演などを取り組んでいます。ぜひみなさまのお力をお貸しください。

 

 

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