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宮城県亘理町へ

3日には劇団CAN千島氏と2人で津波被災の宮城県亘理町へこどもの舞台4団体支援室の「制作部」として打ち合わせに行ってきました。

第1弾ともしびの3人班「おもしろどんどん」の受け入れ準備打ち合わせと今後の企画呼びかけです。私の車で日帰り自動車移動でした。

東北道を白石で降りて亘理町へ。移動4時間ちょいです。
お世話をしてくれたかたのいる地域災害FMあおぞら放送局がある役場へ。
震災で使えなくなった役場前にプレハブが並び、その中にありました。

亘理町は比較的死者は少ないというものの250人がなくなり、まだ行方者もいます。まだ避難所もありますが6月中旬には仮設住宅に全入居するようです。

公演予定の児童館を回りました。

打ち合わせをしていると、児童センター職員や保育士さん達は「舞台が来るとほ
んとうに子どもが喜ぶんです!楽しみにしています!」と口々に声をかけてくれ
ました。
直接被災していない子どもも、たとえば、逃げ遅れた友達やおとなが流されてゆ
くのを屋上からみてしまったりしている。楽しい体験をさせてあげたいというは
なしでした。Photo

津波被災地を少しまわりましたが、私がいままでみてきた、岩手沿岸や気仙沼の
リアス式海岸の被災とは違った平地、平野への津波襲来あとの光景はまた違う怖
さや衝撃がありました。
しかしあれから3ヶ月、かなり片付けは進んでいるように見えました。人々の努
力というものが本当に至る所で具体的に「目に見える」のです。

まったく「からっぽ」になってしまった海岸そばに建っている山元町山下第2小
学校の校舎の床の海砂は海水でぬれたままでした。
壁の時計がすべて3時20分で止まっていました。Photo_2

写真はこの先の線路がなくなってしまった常磐線。この先には原発被災地へと続きます。

Photo_3

この地に子どものための舞台が届き、笑顔の輪が拡がることを願います。

児童館にはグッドトイ委員会のおもちゃも届いていました。

トイコンサルタントてんたんつちやさんの活躍らしいです。これもうれしかったです。

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コメント

人形劇団どむならんの加藤です。

亘理町を訪ねていただいたこと、母から聞きました。
宮城県南部は三陸と福島の間で、被災地のシワのようになってます。
そこも忘れずに支援していただけること感謝です。


多田さんのように飛んでいって何か支援をしたい。と思うだけでなかなかそうもいかず、思いをたくすことしかできませんが、動いていただいているかたがいらっしゃること、ありがたく思っています。どうかよろしくお願いします。


追伸。
亘理町の犠牲者の数が1ケタ違うような気がするのですが。少ないとはいえ200〜300人死者出ていたのでは?

投稿: カトウアスカ | 2011年6月 4日 (土) 22時59分

アスカさん>コメントありがとうございます。
お母様にお会いしました。

私はたまたま、今動ける人なので、役割だと思って活動しています。

少しでもお役に立てて、こどもとおとなの笑顔をつなげたらいいとおもっています。

犠牲になった方の数字、申し訳ありません、一桁違いました250人です。訂正します。
心よりご冥福をお祈りいたします。

投稿: ただじゅん | 2011年6月 5日 (日) 00時00分

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